【銘苅春政】沖縄の三線職人、ボーリングを愛する88歳身体能力が凄い!!『情熱大陸』

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5月15日(日)23時からの『情熱大陸』で、沖縄の伝統を伝える、三線職人銘苅春政さんを紹介。

88歳にして現在も現役、沖縄で「銘苅三味線店」を営みながら、ほぼ休みなく毎日工房に籠り三線と向き合う、三線職人64年の、その素晴らしい技と三線にかける思いや生き方について、とても興味をそそられましたので調べてみました。

良かったら、皆さんも見てみてくださいね。

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【銘苅春政】沖縄の三線職人

最初に、銘苅春政さんのプロフィールと、三線職人となった経緯などをみてみたいと思います。

銘苅春政さんのプロフィール

名前:銘苅春政 (めかる はるまさ)
生年月日:1934年8月10日(昭和9年)生まれ
年齢:(88歳)
出身地:沖縄県玉城村(現在の南城市)
職業:三線職人、実演家、「銘苅三味線店」経営

銘苅春政さんは、昭和9年生まれ、現在88歳といういことですが、三線職人としてだけではなく、実演家としての実績があったり、「銘苅三味線店」を経営する経営者です。

銘苅春政さんが三線職人となった経緯

銘苅春政さんが生まれたのは、第二次世界大戦で激戦地となった沖縄本島南部に位置する玉城村(現在の南城市)ですが、終戦後、大工の棟梁である父親の元で働きはじめ、大工の技を身に着けたそうです。

24歳の頃、大工の腕前を買われ、親戚である「なかもと三味線店」の夫婦から、三味線職人にスカウト、いわゆるヘッドハンティングされ、大工から三味線職人へ転身!!

  • 大工としての仕事だけではなく、日常の細々したものを作っていたこと
  • 父親もOKしたこと

などもあり、迷うことなく了承、不安を感じることもなかったそうです。

それから7年間の住み込み修行、修行中に実演家としての道も歩み始め、実績を積み重ね

1960年には琉球古典音楽コンクール三線部門新人賞、
1963年優秀賞
1964年には、沖縄タイムス社主催琉球古典音楽コンクール胡弓(クーチョー)部門、第一回目の新人賞受賞しています。

その後、安冨祖流絃聲会の三線と胡弓の師範にもなっていて、特に胡弓は沖縄県指定無形文化財保持者でもり、三線職人の世界でも、県指定の無形文化財指定受けているのは数えるほどしかいないという、物凄いお方のようです。

「銘苅三味線店」

銘苅春政さんは、三線職人と実演家、二足のわらじをはきながら、31歳の時に独立し、32歳で結婚し、その後は、33年間那覇市で生活していたそうです。

独立してから34年目の1998年に今日の玉城に戻り、現在の「銘苅三味線店」を開店。
以来玉城で暮らしています。

出典:https://okinawa34.jp/

【銘苅春政】とボーリング

銘苅さんが、現在も続けているというボーリングについては

過去には九州ブロックで3位にまで行ったことがあるそうです。
パーフェクト賞を取ったこともあるという凄腕!!

大会には参加することはなくなったようですが、今も毎週ボーリングをしていて、かつては、練習で一日45ゲーム投げることもあったんだとか。

やはり、職人としての1つの事を極めている人というのは、集中力が違うのでしょうか、何をやってもとことん突き進む感じが物凄いですね。

出典:https://okinawa34.jp/

片足立ちでもぐらつくことがないという、素晴らしい身体能力です。

銘苅春政元気の秘訣

風邪をひかないこと

暑くても熱いお茶を飲み、クーラーを使わない。
寝るときは冬でも布団をかぶらず、敷布団も使わない。

腹7分目

加減と我慢が大切で、満腹ではなく、腹7分目まで、お腹が減ってない程度に食べる。

心の健康

理解があること。
短気をしない。
相手が悪くても言わない。
怒らない。
誰が来ても話をする。
ストレスをためない。
良い心を持つ。

毎週ボーリングに行くことの他に、風邪をひかないことやお腹いっぱい食べ過ぎないこと、ストレスをためずに、良い心をもっていることなど

銘苅さんが、64年間、職人として、唯一無二の素晴らしい三線を作り続けてこられたことには
当たり前だけど、なかなかできない大切なことを、大切にして過ごされてきたからなのだなと感じました。

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まとめ

今回は、三線職人、5月15日の情熱大陸で紹介される、銘苅春政さんについて調べてみました。

昭和9年、第二次世界大戦の激戦地沖縄で生まれ
終戦後、大工の棟梁である父親の元で働きはじめました。

24歳の頃、大工の腕前を買われ、親戚である「なかもと三味線店」の夫婦から、三味線職人にスカウト、いわゆるヘッドハンティングされ、大工から三味線職人へ転身

住み込みで三線職人と実演家、二足のわらじをはきながら、31歳の時に独立し、32歳で結婚し、その後は、33年間那覇市で生活。

独立34年目の1998年に今日の玉城に戻り、現在の「銘苅三味線店」を開店。

健康の秘訣は毎週のボーリングの他に
風邪をひかないことや、食べ過ぎないこと、ストレスをためずにいつも良い心でいること。

など、銘苅さんが64年間の三線職人としてどのように過ごされてきたのかがとてもよくわかりました。

これからの、ますますお元気で、沖縄の伝統を未来に伝え続けて欲しいと思います。


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